耕すことと祈ることは、
どこか似ています。
どちらも、
すぐに結果が見えるものではありません。
種をまき、
水をやり、
静かに待つ。
祈りもまた、
心に種をまくこと。
焦らず、
比べず、
ただ続ける。
やがて芽が出るとき、
それは目に見える変化よりも、
内側の静かな変容としてあらわれます。
仏の道は、
遠くにある理想へ向かうものではなく、
この身このままを耕すこと。
雑草を抜くように迷いを見つめ、
固い土をほぐすように心をやわらげる。
そうして少しずつ、
内なる光が現れてきます。
畑に立つ時間は、
そのまま修行の時間。
自然のめぐりの中で、
祈りは、暮らしの中に溶け込んでいます。