土に触れると、
人は自然と静かになります。
指先に伝わる湿り気。
鍬を入れたときの重み。
芽が出るまでの、長い沈黙。
耕すという営みは、
思い通りに進むものではありません。
急いでも芽は出ず、
願ったからといって実るわけでもない。
けれど、手をかけた分だけ、
土は応えてくれます。
祈りもまた同じです。
声高に求めるものではなく、
日々の積み重ねの中で、
静かに深まっていくもの。
土は、
命を拒みません。
晴れの日も、雨の日も、
ただ受けとめ、育てます。
その姿に触れるたび、
仏のはたらきとは、
特別なものではなく、
この大地のような在り方なのだと感じます。
東光院 一灯庵では、
小さな畑を耕しながら、
祈りのある暮らしを重ねています。
土とともにあること。
それは、
自らを整えることでもあります。